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2012.11.27

すべてを精算する時期が来たようです

今回は、「ですます調」で。

思わせぶりな題名ですが、別に、人生を終わりにするというようなことではありません。ただ、うつ病で退職した後、実家で親の庇護のもと、2年間やってきた引きこもり生活と愚かな行動のつけが、いっぺんに団体さんで押し寄せてきたので、今までのように「小出しで、その場しのぎで」対応することは不可能となったのです。

もしかしたら、これは、人生を立て直すチャンスなのかも知れません。いいニュースは何もなく、自業自得による悪い結果が集団で来ました。もう、逃げられない。腹をくくって、未練がましくしがみついていた多くのことを全部捨てて再スタートするしか、もう、選択肢がなくなってしまったという状況ですから。

ことわざの「経験は最良の教師」を、少しもじった言葉に、「経験は最良の教師だが、授業料が高すぎる」という言葉があります。この2年のひきこもり生活だけではなく、過去の全人生の経験を見て、「確かに高い授業料を払ってきたなぁ」と思います。一番高価な代償は、「時間」・・・ こればっかりは、どんな方法でも取り返せない。小学校時代からやり直せれば、もっとマシな人生をおくれたかも知れないなんて、今さら言っても仕方ない。二番目に高価な代償は、「人間関係」・・・ 私は今、孤独です。これまで友人をほとんど作って来なかったし、過去の人間関係を維持する努力もしていないから、疎遠になった人とは、もう連絡を取り合うすべもない。でも、人間関係は、これから築くこともできるはずなので、まだ何とかなるでしょう。そのとき、私が過去数十年にわたってやってきた「虚栄心を守るための小細工」をしないよう、気をつけたいと思います。

私に対する他人の評価は、両極端にわかれます。一方の私は「すごい技術と知識があるのに、謙虚で礼儀正しい人物」、他方の私は「図々しく、知ったかぶりで、しかも他人に対して傲慢な人物」です。どちらも根ざすところは同じ。私は、他者の評価や顔色を気にして必死に努力する、それが良い方に作用するときは前者になり、悪い方に作用するときは後者になる。

そういうふうに行動してしまうようになった理由について、言い訳といいますか、私にも言い分はあります。小学生時代から酷いイジメを受けた私は、目立たない優等生を演じることで生き延びました。ほんの些細なミスでも、それをおかせば自分は破滅に追い込まれるという恐怖心から、100点のテストに対しては500点取れるくらいの努力をしてきた。もし99点なら、それは0点と同じ完全な失敗なのです。これは、自分にとってプラスでもマイナスでもありました。理由はともかく、必死に努力するのですから、相応の成果はちゃんと出てしまいます。問題は、それが恐怖心をちっとも和らげてくれないこと。そして、失敗を恐れて、身動きが取れなくなり、様々なことが中途半端なまま時間切れになってしまうこと。最悪なのは、100点をとれそうにないなら、最初からテストを受けないというように、自分の行動をとめてしまうこと。

人間、いきなりは変われないと思いますが、幸か不幸か、自分がじっとしていても、自分の内側と外側にあった色々なことを整理せざるをえない状況のほうが来てくれたので、動かないわけにはいかない。つらいような、ありがたいような、不思議な気分です。

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