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2010.05.24

自縄自縛より負けるが勝ちか? 見えない敵との30年

昨年10月ごろにうつを再発し、今年に入ってから認知療法の本をはじめとする
いろいろな本を買って読んだ。そして、自分でも過去のことを思い直してきた。

自分の認知がゆがんでいることや、完ぺき主義や他人から認められたいという
思いに必死にしがみついているのが精神に悪い影響を与えているのだ、という
ことはすぐに自分でも分かる。でも、分かったからといって考え方や性格を
いきなり変えることはできない。しかも、うつで自責の念が強い今、そういうこと
について考えると、「自分はこんな馬鹿な考え方をしてきたから、何十年も人生
を浪費し苦しんできたんだ」と、今さらどうしようもないことについて嘆きの涙を
流すことになる。

しかし、つい最近、ほんの少しだけ現状を受け入れる気持ちが出てきた。

私は長いこと---たぶん30年くらい---自分の脳内に作り上げた目に見えない
敵と戦ってきたのだと思う。それは自分自身の作り上げた恐怖心であり、
「もし、この仕事に失敗したらどうしよう」「ミスをしたら軽蔑されるに違いない」
「変なことを言って友だちから嫌われたくない」「人前で目だって、ひんしゅくを
かいたくない」というようなものだ。あるいは、「不完全な仕事をするのは、
人間として許されないこと」「いい加減なプロジェクトに参加するくらいなら辞職
すべきだ」というような考えもあった。

私は今までずっと、それらの考えを、他人や仕事の問題だと無意識のうちに
思ってきたけれど、実際は、すべて私の心の中で吹き荒れている感情に
過ぎない。自分で勝手に惨事を想像しておいて、それに恐怖し、硬直化した
思考で行動してきたけれど。想像した惨事が起きたことはない。逆に、硬直化
した思考に沿って極端な行動してひどい結果になったことは何度もある。

恐怖と戦い続けた結果が、今の私だ。惨事が起きたことはないということは、
恐怖に勝ったということだろうか、負けたということだろうか?

そもそも勝ち負けという話ではないのだろうけれど・・・ 今にして思うに、
「負けるが勝ち」のつもりで、おおらかに不安を受け入れたほうが、自縄自縛に
なることなく、健康な精神を保てるような気がしてきた。まだ、どうすれば
そういう生き方をできるかわからないが、何とか変えていきたい。

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