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2007.03.25

名残惜しい粗大ゴミ

もうしばらくしたら引越しをすることになるはずなので、それに備えて、もう使う可能性のないものを粗大ゴミとして処分すべく整理中だ。職が見つかればその地に引っ越すし、見つからないなら、ひとまずここを引き払って故郷に帰る。いずれにせよ、できるだけ身軽にしておきたい。

大学院を出て就職し、あちこち転勤や転職をし、その途中では一時期2ヶ所に住んでいたこともあったりしたせいで、あらゆる所持品が、どこに何があるのか分からない雑然とした状態で、今、ここにある。きちんと整理されていてたなら宝の山だろうが、もはやゴミの山。例えば、あるパソコンは、周辺機器とつなぐケーブルが行方不明なので、使い物にならない。別のパソコンは、OSのCDが見つからないので修復できない。

きちんとメンテナンスしていれば、今でも十分使い道があるはずだが、実際には使い物にならないどころか、家のスペースをふさいでいて、家の中全体が身動きの取れない状態だ。その結果、本や雑誌も整理できてない。引越しの段ボール箱から本と雑誌を全部取り出したのは、ここに引っ越してきてから4年後のことだった。ところで、全巻そろっていたはずの本が、なぜかところどころかけている。これらもまた、きちんと整理されていたなら貴重な資料の山だが、もはや扱いにくい不良資産に過ぎない。ああ・・・ 嘆かわしい。

そういうわけで、いろいろなものを捨てることにした。どういうわけか、つらい思い出がこもっているものほど、心情的に捨てられない。あの時ああすればよかったと思う研究や実験にまつわるものは、いつか、これを使ってきちんとやり直したいという、断ちがたい思いを引き起こすので、捨てるに捨てられないのだ。むしろ、楽しい思い出にまつわるもののほうが、すてるのは簡単である。なぜなら、後悔していないから。過去の出来事としてすでに受け入れているから。

しかし、おそらく、失敗した研究やプロジェクトをやり直す機会は、もう二度と来ない。もう、この問題に手を出すことはない。それを受け入れると、気分が少し楽になる。幸か不幸か、引越し準備のため無理にでも荷物を減らさなければならないという状況のおかげで、ここ最近、少し気分がいい。

2007.03.12

やりたいこと、得意なこと、そして他人が価値を認めるものは全部違う

次の仕事を探しながら思うこと。自分がやりたいこと、得意なこと、そして他人が価値を認めるものは全部違う。理想は全部が一致することだ。だが、「自分の好きなことをやって、それが他人より優れた成果を出し、しかも世の中から歓迎される」という都合のよい組み合わせが同時に成立することはまずない。

このうち、前二者と最後が不一致になるのは、自分の都合と他人の都合がそうそう会うものでもないから仕方ないとして、意外なのが「好きこそものの上手なれ」ということわざとは裏腹に、最初の二つもなかなか一致しない。好きなことが、実はあまり得意でないというのは、まだ救いがある。楽しめばいい。だが、取り立てて好きでもない、場合によってはつまらないことだと思っているかもしれないことが、なぜか得意である、少なくとも他人よりはずっと成果を出せる、という場合、その事実とどう折り合えばいいのだろうか。

過去の業績を整理し、自分がどこでどんな成果を出せたか(あるいは出せなかったか)を分析してみると、自分がやりたいと思ってきたことや努力してきたことは、細切れで大した成果が出ておらず第三者の目から見ると大した評価に値しないことがわかり、その代わり、それらを実行するために行きがかり上やってきた、自分にとってはつまらない雑用にすぎなかったことのほうが、客観的に見ると一貫して筋の通った立派な経歴になっているらしい。

今までやってきたことについてなら、売り込み先は分かっている。だが、高く買ってもらうことは無理だろうし、買ってもらえない可能性も高い。路線変更すべきか? そう薦める人もいた。だが、新しい仕事はどこに売り込んでどう始めればいいか、まだよく分からない・・・

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