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2004.12.29

室温が下がるとハードディスクが誤動作する

パソコンが過熱すると誤動作するという話は昔からいろいろなところで見聞きするが、我が家のパソコンは冬になって室温が10度以下になるとハードディスクが異常な振る舞いを始める。ガタンガタンとものすごい音を立ててヘッドを動かすアームが振動し、データを読み書きするどころの話ではない。前回の冬から、そういうことが起こるようになった。

現在、ハードディスクは2台内蔵していて、そのどちらが轟音を立てるのかは分からないが、まともにOSが起動せずマザーボードのBIOS画面を表示させると、2台とも認識していないようだ。かつて、ハードディスクを1台しか内蔵していなかったときには、そういうことはなかったので、電源周りのトラブルかも知れない。

室内に暖房を入れ十分に時間がすぎた後で、つまり、部屋の暖かさがパソコンの中に染み込んだ後でパソコンの電源を入れれば、問題は起きない。そして、一度ちゃんと動作する状態になれば、ディスクやCPU、電源ユニットなどは、それ自身が熱源なので、部屋の暖房を切って気温が下がったとしても、もう誤動作は起きない。

今日、我が家の周りでは初めて雪が積もった。「そろそろか?」と思いつつ、帰宅してすぐにパソコンの電源を入れると、案の定、ハードディスクが大騒ぎを起こし始める。もっとも、まだそんなに激しくはない。とりあえずOSが起動した。その状態ですぐにファイルにアクセスすると、まだディスクが大騒ぎするので、しばらく放置。中が十分温まったころあいを見計らって、この文章を書いているところだ。

明日からは、部屋の暖房を入れてからパソコンを使うことにしよう。

パソコンもさることながら、今年せっせと増やしたカランコエが雪にやられてしまわないかと、ちょっと心配だ。乾燥には強いが、寒さにはそんなに強くないはずである。夜中は室内に取り込むことにしようかとも思っているが、増やしすぎたので置く場所があまりない。たぶん、風呂場と台所がカランコエだらけになる。

2004.12.27

前回のTOEICは何かの間違いだったに違いない

11月に受けたTOEICの結果が戻ってきた。おや、60点以上落ちている。正直なところ今回の点数のほうが、自分で実感している実力に近いと思うので、点数が下がったということについては不満はない。不満なのは、「実感として」なかなか英語力が伸びないという点である。数字だけが向上してもしかたない。

同じやり方で勉強を続けてきてスランプにぶつかったのなら、勉強のやり方を変えてみる。と、いうのも大事である。かつて600点代後半で進歩がぴたりと止まったときには、TOEICとは関係ない一般的なESL教材をアマゾンから取り寄せて2ヶ月ほどやったら、なぜかTOEICの点も急に伸びたということがあった。

同じ形式の刺激ばかりを受けていると、脳が悪い意味で適応してしまい、「届いた情報を適当に受け流す」ようになる。これは、本来は人間の脳の素晴らしい柔軟さと適応力のなせる業である。日常の決まりきった仕事は、慣れると、いちいち神経を使わなくても慣れでこなせるようになるように、試験勉強をやっていても、人間の脳は「無駄な仕事」だと判断した作業を切り捨てるようにできている。仕事に熟練するというのは、重要でない部分を無視するということでもあるのだ。

とはいうものの、参考書に慣れてしまって、ほどほどの正解率に達すると、それ以上は脳が吸収せず情報を切り捨ててしまうというのは困る。慣れてしまったから情報を吸収できないということなら、慣れていない形式で新しい情報を脳に与えてやらなければならない。刺激のパターンを変えてやる必要があるのだ。

そういうわけで、何か今までとは毛色の違うやり方を探そうと思っている。今回は、なにをやってみようか。

2004.12.07

技術者に英語を使ってもらうには、どうすればいいのだろうか

前回、やれ英語帝国主義がどうだこうだと文句を書いたけれど、脅しではなく提案として、日本の技術者に英語を使ってもらうにはどういう「お膳立て」をすればいいのだろうか。今回は結論は何も出せない。以下は、ただ、取りとめもなく書き流しているだけである。

少なくとも日本の技術者のほとんど、日本語で仕事をしていて特に不自由はない。なるほど、アンケート調査をすればたいていの回答者は「英語は重要である」に丸印をつけるだろうが、実際には優先度は非常に低いし、その証拠に、誰も英語を勉強しない。英語はほとんど必要ではなく、必要な場面と言うのは、もっぱら英語で書かれた文献を読むときに限られる。

しかも、奇想天外な小説を読むならいざ知らず、技術書は、たとえ革新的な新しい話が載っているものであっても、基本的には読み手(技術者)の常識によって内容を推し量ることが可能なので、英語力はさほど必要ではない。専門用語はむずかしくても、文法的には簡単な文章表現が中心である。例えば、仮定法過去完了のような文法的に少し手ごわい表現は、著者が昔の思い出を語る部分にならあるかもしれないが、
技術解説のページには、たぶん出てこない。

したがって、英語が苦手な技術者でも、文献の中から断片的に技術用語を拾い出し、技術的な常識でつなぎ合わせていけば、たいていの場合は当たらすといえども遠からずである。ソフトウェア技術の解説書なら、付属のサンプルプログラムを試しに動かしてみれば、その推量が正しいかどうかを確認することもできる。コンピュータ以外の分野であっても、技術検証のための試作や実験はする。

とどのつまり、日本の技術者の大部分は、必死になって英語を勉強する必要はない。専門用語と、中学生レベルの知識があれば十分である。必要がないから、当然、余計な勉強などしない。みんな忙しいし、他にやりたいこともあるのだ。

そういう状況下において、技術者に英語を使って文章を書いてもらい、海外に向けて発信してもらうには、どうしたらいいのだろうか? くどいようだが、恫喝は下策である。

言葉の壁を乗り越えるにあたって、幸いなことがひとつある。

先に書いた、「日本の技術者は、さほど英語を必要としない」という事実は、英語で技術的な情報発信をする場合においても成り立つはずなのだ。書くのは文学作品ではない。技術資料である。英語以外の情報伝達手段として、図面や数式、プログラムリストなども使うことができる。そして、相手は素人ではなく、ちゃんと予備知識を持っている。同業者を相手に、事実を単純に説明するために必要な英語とはどれほどのものだろうか? かなり初歩的な英語力で、十分ではないかと思う。

少し前に、洋販出版から出ていた Inside the Atom という本を、図書館で借りて読んだ。これはアシモフが1956年に書いた科学解説書を易しく書き直したものだ。残念ながら絶版らしく、洋販出版のウェブサイトでは見つけられなかったが、非常によい本だった。この本は語彙2000語となっていたが、実際にはもっと少ない。物理学用語がいくつか使われているため、語彙数のランクが上がっているだけで、実際の英文を読むと、例えば科学者の実験室は work room で済ませているし、静電気を帯びた物体が反発することは pull away と書いていた。もちろん、「重水素 deuterium」などの物質の名前は専門用語を使わないわけにはいかないが、そういう専門用語以外の部分は非常に易しい英語だった。それでも、ちゃんとした原子物理学の入門書に仕上がっていた。

理工系の分野を取り上げた Graded Reader は少ないが、この洋販ラダー文庫の Inside the Atom のような本がもっと出てこないものだろうか。「なんだ、こんな英語でいいのか。技術に関する英語の解説文を書くことは、技術者の本業である技術そのものを作ることに比べれば、たいしたことではないな」と、技術者に思ってもらえれば、英作文をする技術者も増えるのではないかと思うのだが・・・

技術関連の文章は、だいたいパターンが決まっている。十分な量の例文があれば、あとは、適当に単語を入れ替え、文章をつなぎ合わせていくだけでこと足りるはずだと思う。語彙も、その技術に関するものに限定していい。

「ネイティブらしい」などというものではなく、易しい表現に限定した形で、技術書の和文英訳のサンプル集などを作ることはできないものだろうか。どうせ読むのも、おそらくはノン・ネイティブの技術者である。

2004.12.04

どこにでもある英語帝国主義

日経ITPROという、コンピュータ技術者向けのニュースをまとめたウェブサイトに、こんな文章があった。
(以下、http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/NEWS/20041130/153291/ より引用)

日本はオープンソースの“ガラパゴス諸島”

 VA Linux Systems Japan マーケティング部 部長 佐渡秀治氏は「日本におけるオープンソースの幻想とVA Linux」と題して講演した。佐渡氏は「日本にはオープンソース・ソフトウエアを使う人はたくさんいるが,作る人がいない。オープンソースが注目されて5年が経過したが,日本の開発者の数は大きく増えてはいない」と述べ,「日本は英語という大海で断絶され独自の進化,あるいは退化をとげたオープンソースの“ガラパゴス諸島”」と表現。「日本に閉じるのではなく,グローバルに出て行くことが肝要」と指摘した.

(以上、引用終わり)

やれやれ・・・ 部分的には賛成できなくもないが、要するにオープンソースを使いたくば、卑しい原住民の言葉ではなく白い旦那様の言葉を使えと言うことなのだ。そんなことなら、マイクロソフトと取引したほうがマシである。MSのアメリカ中心主義も相当なものだが、少なくとも商売を進めるためには日本語に歩み寄らざるを得ないことを、少しは理解している。私がマイクロソフトの広報だったら、小躍りしてこのLinux関係者のコメントを宣伝に悪用するだろう。脇が甘すぎる。

おそらくは、英語と日本人技術者についていろいろと考えていて、よかれと思って発言したのだろう。それに、おそらくこの記事は、長い発言の中の一部分だけを切り出していて、全体としてはもっと違うことも言っているのだろう。そう、信じたいところだが、「英語を勉強して、日本におけるオープンソースの成果を日本国外にも広めてください」とお願いするのではなく、「お前らは異常だ。俺たちにあわせろ」と罵声を浴びせ恫喝することによって他人を動かそうとしてもムダである。

「人に物事をお願いするときに、指導者づらしてはいけない」というのは、交渉においてもっとも初歩的なことだろう。そんなことをすれば、相手から激しい敵意と反感を買い、以後のビジネスに甚大な悪影響を与える危険性さえある。

なるほど、日本語の壁が存在するせいで、せっかくよいものを作っても国外にはその存在さえ知られず、したがって評価の対象にもなれないという話はよく耳にする。技術開発に限らず、自然科学や文学の世界においても、そういう話はある。川端康成は、その作品をサイデンステッカーが英訳しなかったなら、ノーベル文学賞を得ることはなかったかも知れない。

しかし、川端康成に対して、「世界で評価されたくば英語で小説を書け」と要求した人はたぶんいないはずだ。そんなことをしても意味はない。もっとも、三島由紀夫はノーベル賞を意識して翻訳調の日本語表現を使うようになったらしいという話もあるが。

オープンソース活動は小説の創作とは違う。しかし、職務命令で従事する通常のソフトウェア開発とは多少異なり、作り手が、自分のために、自分が必要だから、自分の創作意欲を満たすため、自分が作っていて楽しいから作るという点において、自己表現を目指している部分があり、その点においては小説の創作と似ている。英語を使って情報発信をすればより多くの人の目に留まる可能性が出てくるが、そもそも、そういうことを望むかどうかは、作り手本人の心の中の問題であって、他人から強制されるようなものではない。作るも作らないも本人の勝手だし、何語を使ってドキュメントを書くのも本人の勝手だ。

それに対して、「せっかくだから私が英訳してあげましょう」と援助を申し出るならいざ知らず、英語を使えと命令するのは極めて愚かな行為である。代金を支払う商売として要求するならともかく、少なくとも、創作活動を促進することになるとは思えない。

翻訳やローカライズの作業は、手間がかかる割には評価されず、うまくできて当たり前失敗すると怒られるという、裏方の作業だ。作り手として華やかに脚光を浴びるわけでもないので、ローカライゼーションや国際化対応は、やりたがる人が少なく、オープンソースの弱点のひとつである。作り手の一般的な傾向として、自分の知らない国の知らない言葉について配慮するなどということは、面倒くさいしやりたくもない労働である。英語圏の人が英語以外の言語のために苦労などしたくないのと同様、日本人も日本語以外について手間をかけたいなどとはあまり思わない。

やりたいとは思われていない仕事をやって欲しい場合には、やってくれと頼むか、せめて、「やったほうが、あなたにとってもお得ですよ。ほら、こんなにいいことがあります」と甘言をもって誘引するのが普通である。ああそれなのに、こと英語に関する議論となると、なぜか「英語は国際語だから、英語に従え。日本語はダメだ、特殊だ」と、英語話者ではなく日本人自身が脅迫をかけてくる。いったい、どういうつもりなんだろうね?

英語を使ってもらいたいなら、ビジネスライクに、英語を使うことによるメリットを宣伝すればいいのだ。Rubyというコンピュータ言語を見ればいい。日本人が提案したプログラミング言語だが、早い段階から英語のドキュメントが整備されていたので、海外でもいち早く評価され、Rubyの価値を認めた何人もの外国人が詳細なRubyの解説書を作っている。試しに www.amazon.com で検索してみるといい。何冊も出版されているのみならず、それを購入してコメントをつけている人の中には非英語圏の国の人もいる。そう、確かに英語は国際語なのである。

そういう成功例を日本人技術者に見せ、「ほら、あなたにとってもいい話なんだよ」と誘引すれば、ひとつ英語でドキュメントを書いてみようか、という気にもなるかも知れない。大事なのは、英語のメリットを宣伝し技術者に売り込むということであって、「ガラパゴス諸島がどうだこうだ」などと生物学的に的外れなことを言って日本語を攻撃することでは絶対にない。

当該記事は実際の発言の一部しか伝えていないはずだから、もしかしたら、こういう話もあったのかも知れないが・・・ まあ、残念ながら、そんなことはないだろう。わざわざ「退化」という言葉を使っている点に、英語帝国主義者の本音が出ている。「進化」とだけ言ったのでは、脅しの効果がないからだ。

生物学とは無関係な分野に聞きかじりの進化論を引き合いに出すやつに、ろくな人物はいない。必ず自説に都合よく進化論をねじ曲げているし、自分は「進化している側」に所属していることになっている。ガラパゴスを引き合いに出すなら、「独自の進化をしたガラパゴスの貴重な生き物を、外来種と交雑させてはいけない」と主張するほうが常識的である。つまり英語圏と交わってはいかんということになる。それとも、かの人物は、「ガラパゴスの生態系は破壊すべきだ。それがガラパゴスの生き物のためだ」という持論の持ち主だろうか? まさかそんなことはあるまい。こけおどしの小道具として、進化論を振り回すのは勘弁してもらいたい。

新しい服を売り込みたいなら、新しい服の利点を宣伝すればよい。客が今着ている服をののしるのはバカであるし、客を客として認識することさえできないなら店はたたんだほうがよい。

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