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2004.08.07

前置詞と後置詞

前置詞 preposition とは、通常、名詞の前に置かれる特定の機能を持った単語であって、その名詞と一緒になって形容詞句や副詞句を作る。例えば、"a cat in the hat" の "in the hat" は、「帽子の中に」という意味の形容詞として直前の名詞 cat を修飾している。英語を勉強する日本人にとって、冠詞と前置詞は、日本語に存在しないものであるがゆえに的確に意味と使い方を理解するのが難しい。第二言語として英語を学ぶ人を対象にした前置詞の解説書、The Ins and Outs of Prepositionsには、前書きにこんなことが書いてあった。

Prepositions pose more problems for the non-native speaker or learner of English than other part of speech. Why? Prepositions are just little words that never change in form; they are pronounced softly, in unstressed syllables; they aren't even given capital letters in book titles; native speakers choose the correct ones without thinking. How can they be confusing?

The word "preposition" has a straightforward definition: a word placed before a noun or pronoun to define its relationship with another word in the sentence. For the learner of English, however, prepositions are anything but straightforward.

要するに、「前置詞は、ネイティブにとっては本能的に分かるちっぽけなもので軽く扱われているが、ノン・ネイティブにとっては厄介だ」というわけである。この前書きに続いて、英語の前置詞がノン・ネイティブにとっていかに厄介なものであるかという事例が2ページあった。例えば、スペイン語の前置詞 en を例に挙げている。これは英語の前置詞とは一対一に対応せず、英訳するときは文脈に依存して異なる前置詞 in, on, at, about, of に置き換えなければならないそうだ。

日本語から見れば、スペイン語と英語はかなり近い親戚である。少なくとも日本語と英語の間にある差異よりは、ずっと小さい。それでも、両者の前置詞は一致しないということらしい。まして日本語は・・・ いや、そもそも日本語には前置詞などない。存在しないものを英語に対応させることはできない。日本人としては、和文英訳や英文和訳のとき、英語の前置詞をどう処理すればよいのだろう?

ところで、言葉は、単に何かを他人に伝えるためだけに使われるわけではない。ひとりで思索活動にふけるときにも、人間は言葉を道具として、複雑な構造の論理を操っている。思考活動の複雑さは道具として使われる言語の複雑さに支えられているし、逆に、社会の平均的な思考水準が高くなると、その社会で使われる言語には複雑な機能や構造が追加されていく。

前置詞は、文章中に出てくる物と物、物と行動などの関係を決めるため機能語である。そういう機能なくしては、二つ以上の名詞が出てくる文章を組み立てることはできない。大昔の英語には関係代名詞も現在完了形もなかったが、前置詞は最初からあったらしい。日本語には英語のような前置詞はないが、しかし、同様な機能を持つ何かがあって、それが日本語の基本的な論理構造を支えているはずである。それは何か。結論から言えば、日本語では「助詞」がそれに相当する。

助詞は名詞のうしろに置かれる。したがって、これは「後置詞 postposition」である。私が、「前があるなら後もあるだろう」と、思いつきで後置詞という言葉を編み出したわけではない。ちゃんとした専門用語である。三省堂の大辞林で「後置詞」という言葉を引くと、こう書いてある。

 こうちし 【後置詞】
〔postposition〕名詞・代名詞の後ろにあって、文中の他の語との関係を示す語。日本語の助詞はこれに当たる。

ちなみに、「前置詞」の説明はこうである。

 ぜんちし 【前置詞】
〔preposition〕西欧語の文法における品詞の一。名詞・代名詞などの前にあって、文中の他の語との関係を示す語。英語の of, on, フランス語の , de, ドイツ語の auf, mit の類。

検索エンジンで、"後置詞 日本語" あるいは "japanese postposition" というキーワードを検索すると、興味深いページがいくつも見つかる。残念なことに、私は言語学については完全に素人なので、日本語で書いてあっても何のことやら全く理解できないページのほうが多いのだが。

さて、「英語の前置詞は日本語の助詞と似た役割を果たしているのだ」というのは、英語の初心者でも感覚的に理解しているように思う。日本語で「・・・から」と書いてあれば英訳には「from ...」を、あるいは、「・・・へ」なら「to ...」を、ほとんど自動的に割り当ててしまうほどである。「から」や「まで」が助詞であることは言うまでもない。

日本語の助詞もまた、英語の前置詞と同様、ノン・ネイティブな人たちにとっては使い分けを理解するのが難しいものであるらしい。そして、ネイティブが説明するのも難しい。

ちゃんと訓練を受けた日本語教師は別として、日本語の助詞の使い分けとして「酒を飲みたい」と「酒が飲みたい」の違いについて日本語学習者から質問されたときに、その差異を簡潔に説明できる日本人は少ないはずだ。また、「酒は飲みたい」と、単独では普通言わない。不自然である。しかし、「酒は飲みたいけど、また今度にしよう」などのように文が続くなら、「は」を使っても不自然ではない。なぜ? 不思議だが、平凡な日本語ネイティブとしては、頭をかいて「うーん、考えたこともないや。だって、自然に分かるし・・・」と困惑するしかない。

日本語と英語は全く異なる言語であるが、英語の前置詞と日本語の助詞は、わりと同じような仕事をしている。そして、文法上の機能のみならず、「比較的短い音節からなる単純な単語で、ネイティブには本能的に正しい使い方が分かり、ノン・ネイティブには分かりにくい」という、特徴までもが何やら似ているというのは、私には非常に面白いことである。何か、人間が物事を考えるという作業の根本的な部分にある何かが、言語を作り出すときに作用しているのではないかと思っている。

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