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2004.08.08

敬意を持てないなら、好奇心を持て

海外でのビジネスを成功させたいなら、現地に敬意を持てと、少し前に書いた。しかし、どうしてもそうできない場合もあるだろう。そういうとき、お勧めの策がある。

「彼らは尊敬に値する」と思うのが無理なら、「あいつらは馬鹿だが、面白い」と思うようにするとよい。理解できないものに敬意を持てと言われても難しいが、理解できないものを面白がるということは、それに比べれば簡単なことのはずだ。

これは海外とのやり取りに限った話ではなく、国内の日本語の通じる相手であっても、住んでいる世界が異なる場合には必要なことである。「言葉が通じる」にもかかわらず、異業種の人間とは「話が通じない」ことが少なくない。

「近頃の若いものは」と言うようになったら、人間オシマイである。そういう人はすでに事実を観察する能力を失っている。具体的な事実に即して、「先日見かけた人物は、こういうけしからんやつだった」と論じるのと、自分の頭の中に作り上げた「近頃の若いもの」というモデルについて論じるのとでは、天と地ほどの差がある。後者の議論においては、モデルは事実の裏づけから解放され、批判者自身に都合よくいくらでも歪曲されていく。

そして、これは、「近頃の若いもの」に限った話でない。「××国の人間」や「○○業界の連中」というくくりにも、同様な危険が忍び込む。相手国のスタッフをまともに見ることなく、あいつらはこうだと自分で勝手にモデルを作ってしまえば、あなたは遠からず厄介なトラブルを抱え込むことになるだろう。

好奇心は、こういう自らの偏見に対する特効薬になりうる。もちろん、相手に対して敬意を持って接することができればそれに越したことはないが、大事なのは敬意でも悪意でもなく、事実を観察するという姿勢である。「なんだこりゃ? ワケが分からん」と言いながら、面白がって相手の不可解な行動を観察すればよい。

他人の奇妙な行動を見てニヤリと笑うのは、道徳的ではない行為かも知れないが、小市民のささやかな楽しみとして許されるべきものである。腹を立てながら働くより、面白がっているほうが、心の平和も保てる。好奇心を持とう。

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