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2004.07.07

梅雨のさなかに七夕

今日は7月7日。これが旧暦の7月7日であったなら、今は真夏の真っ盛りだから、夜中に星を眺めるというのもいいだろうが、現在のわが国の暦では梅雨の真っ盛りであって星をみることはできない可能性が高い。
明治維新のときに太陰暦から太陽暦に切り替えたのはいいとして、日本の一年の始まりをヨーロッパの2月にあわせていれば、こういうズレはもっと小さかったろう。しかし、それはそれで問題がある。

私は英語の月の呼び名になじめない。かつて転職活動中に、過去にやってきた自分の仕事を過去にやっていた説明していたとき、ある仕事の始まった月だったか終わった月だったかについて「8月」と言うつもりでうっかりOctoberと言ってしまい、しまったと思ったことがあった。なぜゆえに10月がOCTなのだ? OCTは8ではないか。
いや、2ヶ月ずれてしまった歴史的経緯は知っているし、私が何を言ったところでどうしようもないのだが。そしておそらく、私以外の誰か偉い人が言ったとしても、どうしようもあるまい。3時でも「おやつ(8番目)」だし、12時なのに「noon(9番目)」である。

ついでながら、うるう年の調整を2月末にやるのも、かつては1年の始まりが現在の3月に相当する月であり、現在の2月は「年末」に相当する月だったから。年末に辻褄を合わせるのは理にかなっている。

ともあれ、ヨーロッパの1月は日本でも1月にしておいたほうが都合はよかろう。もっとも、ユダヤ教もイスラム教も別の暦を使っているのだが。

フランス革命の時、新政府は、神話に基づいた月の呼び名をやめて独自の暦を作ったらしいが、メートル法とは違い結局定着はしなかった。また、ずっと時代を下って第一次世界大戦のあとには、曜日としてカウントしない日を年末に入れることによって曜日と一年間の日付の対応を固定し、どの年でも同じ月の同じ日は同じ曜日になるように定める、という提案がなされたそうだ。だが、そもそも一週間というものは聖書に由来しているものであり、それを人為的に操作することには宗教的な反発も強く、実現はしなかった。


基準を変更したのに変更前のルールを適用すると矛盾が起こる。しかし、「八夕」と書いて「たなばた」と読ませるわけにもいくまい。
日本は、明治維新のときに太陰暦から太陽暦に切り替えたが、特に大きな混乱はなかったらしいが、ヨーロッパでは太陽暦同士でも閏年の計算で国ごとに微妙にずれた暦をそろえるときに、ひと波乱あったそうだ。

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