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2004.07.24

気晴らしに19世紀の英文学を読む

殺伐とした世界情勢を伝える英字新聞のニュースばかり読んでいると気が重くなるので、ときどき、気晴らしに19世紀のイギリスの小説を読んだりしている。

現在のお気に入りは、ジェーン・オースティンの作品。誰も死なない。登場人物たちは生活に困っていない金持ちばかりだし、作中で起こる大事件とは、せいぜい「誰かと誰かが駆け落ちした」という程度のものだ。いろいろな騒動があっても、最後には主人公たちはめでたく結婚し、不快な人物はそれ相応の罰を受けることになる。すべてが丸く収まるので安心して読むことができ、気晴らしにはもってこいである。

気晴らしに読むとはいうものの、英文そのものは決して現代の新聞より易しいわけではないし、単語の綴りも現在とは違っていることがある。ピアノは、いちいち pianoforte と書いてあった。さらに、単語の意味も現在とは違っていることがあるはずだ。

そもそも、作品の背景となる19世紀のイギリスの貴族社会なんてものに私は全く縁がないので、日本語訳を読んだ後でさえも、自分が話を完全に理解しているかどうか自信はない。したがって、「気晴らしに読んでいる」などという、いかにも余裕のありそうな言い草は、本当はとんでもなく図々しいものであるが、それでも、アマゾン・ドットコムで朗読のテープを買ったりして、自分なりに楽しんでいる。

朗読のテープは、それだけを聞いているとすぐに話が分からなくなるので、普通の本も買って、活字を目で追いながら聞いている。補助輪つきの自転車に乗るようなものだ。さらに、日本語の訳本もあらかじめ読んでおき、頭の中にあらすじを組み立てておいてから英語の原作に取り組んでいる。英文の読解力を鍛えるなどということからは程遠い。

軟弱かも知れないが、苦しんで勉強しようとしても長続きしないし、趣味と勉強の中間くらいにしておくのが一番いいと思う。テープに吹き込まれた俳優の名演を聞くのは、きちんと聞き取れない今でも十分楽しい。いずれ完全に聞き取れるようになる日が来るかどうか、それは分からない。だが、今よりマシな聞き手になることができれば今よりもっと楽しくなるだろう、とは思う。

完全に理解できる日が来ることは、たぶんない。中年になってから日本語の勉強を始めた外国人が、漱石や鴎外を完全に理解できるようになるだろうか。ありえないとは言わないが凡人には無理だろうし、その必要もない。私は楽しいものを求めつつ、気が向いたときに英語の本を読みテープを聴く。それだけのことである。英語を職業とする人なら、こんな甘いことは言っていられないだろうが、私は英語の専門家ではないからいいのだ。

最近聞いた『マンスフィールド・パーク』は、楽しかった。この朗読は、本の内容を省略なしに全部読み上げた12本組のカセット(16時間25分)で、たっぷり楽しむことができる。

外国製品にはよくあることだが、残念なことに12本のカセットのうち数本は、テープにしわがよっていてたまに音声がおかしくなる。他の製品でも、テープの伸びやシワは珍しくない。CDにも不良品はあったが、テープよりは安全だと思うので、同じ朗読でCD版があるならそちらを買っている。ただし、日本とは違い海外ではいまだにカセットテープが全盛らしく、本の朗読もテープ版のみとして商品化されているもののほうが圧倒的に多い。CD版という選択肢はあまりない。上に書いたマンスフィールド・パークにもCD版があるにはあるが、ディスク3枚に要約した短縮版である。

アマゾンは、不良品については送料無料で返品を受け付けてくれるし代替品の取り寄せもすぐに手配してくれるのだが、カセットテープの場合、出版社にある在庫品の保存状態が悪いのだろうか、交換しても問題が改善されるとは限らない。少々の不具合はもう気にしないことにして、そのまま聞いている。

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